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辰巳芳子さんの結婚、家族

辰巳芳子さんは、1944年に大学生の男性と婚約します。

しかし、その男性の学徒出陣が決まると、辰巳芳子さんの父親は相手方の家に向かい、破談を申し入れたのだそうです。

相手の男性は非常に悲しむ様子を見た辰巳芳子さんは、父親の決定に反対し、結婚にこぎつけます。

そして、結婚してわずか3週間後に夫は、戦場であるフィリピンのセブ島へ向かい、そのまま帰らぬ人となってしまいました。

以後50年間、結婚してよかったものかどうか、悩み続けたといいます。

そんなある時、テレビでフィリピンのセブ島あたりの、野ざらしになった日本兵の死体を見たのだそうです。

そして、思うところがあって、自分の足でセブ島へ向かいます。その地に立ってみた時に、「同じ野垂れ死にでも、待つ人がいるのといないのとでは全然違う」と感じたのだそうです。

それを契機に、「結婚してよかったのだ」と思えるようになったのだそうです。

なお、辰巳芳子さんの父親は、のちに脳血栓で倒れ嚥下障害となります。

その父親のために工夫をこらして作ったスープが話題になり、現在の「命のスープ」の辰巳芳子さんの活躍につながっています。

こうやって見ると、辰巳芳子さんの思想や活動には、個人的な人生体験が色濃く反映されていることが分かります。

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辰巳芳子さんの母親

辰巳芳子さんの母親は辰巳浜子さんといい、料理研究家の草分けとも言える存在として知られています。

もともと専業主婦で料理も独学でしたが、家で客をもてなす料理が評判となり、テレビや雑誌に登場するようになったそうです。

後に大成建設の常務取締役となる辰巳芳雄氏と結婚し、辰巳芳子さんを出産します。

辰巳芳子さんは慶応大学に進学するほどの才女でしたが、結核にかかり学問を断念し、後に料理研究家として活躍していた母・辰巳浜子さんの手伝いを始めます。

そして、辰巳芳子さんは母の代わりに自宅で料理を教えるようになり、イタリア、フランス料理を本格的に学びます。

後に父親が脳血栓で倒れた後に、辰巳芳子さんと辰巳浜子さんは母娘でスープを作り、このスープが辰巳芳子さんの知名度を爆発的に押し上げるきっかけを作ります。

そう考えると、現在の辰巳芳子さんに最も大きな影響を与えたのは、母親の辰巳浜子さんと言えるのかもしれませんね。

以上、辰巳芳子さんについてでした。最後までお読み頂きありがとうございました。