パラ陸上世界選手権日本代表である石田駆選手。パラ陸上の世界に入ってわずか半年あまりで、陸上100mで日本新記録で優勝、400mも日本新記録を樹立し優勝。東京2020大会の出場を目指す石田駆選手。
これからはじまる、ドバイでのパラ陸上世界選手権も注目されます!
そんな石田選手はどんなプロフィールをお持ちなのか、強さの秘密や増田明美さんおすすめポイントなど、気になったので調べてみました。

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石田駆選手のプロフィール

名前:石田駆(いしだ かける)
出身地:岐阜県各務原市
生年月日:1999年
身長:171cm
体重:56kg
年齢:20歳(執筆時)
競技(クラス):陸上100m/400m(T46)
所属:愛知学院大学

石田選手は中学時代から陸上一筋でした。
中学・高校全国大会出場、高校総体にも出場した経験があります。
そして、2018年、スポーツ推薦で大学に進学します。
入学直後の去年2018年5月、左肩に骨肉腫があることが判明します。
手術は13時間に及びます。
左肩は人工関節に、肩周辺の筋肉の大部分を失います。
石田選手は「「腕が動かなくなる手術をする。陸上人生を諦めなければならないかもしれない。」と先生(医師)がおっしゃっていた。ショックとしか思えなかった。」と話します。
「かつてのように全力で走ることはできない」
そう落ちこんだ石田選手に、パラ陸上への挑戦を勧めたのが、父親の正美(まさみ)さんでした。
正美さんは「まだ二十歳。まだ20年の人生。将来、本人の力になるものはないのかと考えたとき、やっぱり陸上競技なんだなと思いました。」といいます。
そして、石田選手は、父親のすすめで、地元の障害者スポーツクラブへはいります。
それでも、最初は前向きに取り組むことはできませんでした。
しかし、クラブで、障がいのある選手たちがいきいきと活動する姿をみて、「できないこと」ではなく、「できることに目を向ける」ことの大切さを実感していったといいます。
石田選手「障がいがある方同士で高い目標に向かっていくという団結力を感じて、そこでようやく、パラ競技に前向きになれた。」

「もう一度、全力で走りたい」そう思うようになり、石田選手は、競技復帰に向けて、本格的に練習を再開します。

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石田駆選手の強さとは?

陸上競技を再開した石田選手ですが、左腕が使えないため、どうしてもバランスが崩れてしまい、当初は、走ることへの恐怖も感じたといいます。
そんなとき、石田選手が頼ったのが、高校時代(岐阜聖徳学園高校)の陸上部の恩師、陸上部の髙木伸吾監督でした。
髙木監督がアドバイスしたのが、『肩甲骨を使い、より体の中心でリズムをとる』というものでした。
髙木監督「体の中から動かす。」と話しています。
失った左肩を意識するのではなく、『新しい走りを作り上げていく喜び』、を石田選手に伝えていった、と話します。
髙木監督「彼が不自由になって、動きに制限がかかったところで、じゃあ、動かせる部分で、どういうふうによさを出すか、合理的に動かすかを考えていくのが、逆に楽しみじゃないかと思った。」といいます。
そこから、石田選手の走りに変化が現れます。
大学の陸上部の練習に加わりながら、体の中心でリズムをとる、『今の体ならではの走り』を日々追求していきました。

そして、今年2019年6月、初めて出場した日本パラ陸上の大会で、石田選手は大きな結果をだします。
腕に障がいがあるクラスの400mで、他の選手を大きく引き離し、優勝します。
このクラスの日本新記録50秒39を樹立しました。
更に一ヶ月後、今年7月のジャパンパラ陸上の100m、石田選手はこのときも、日本新記録である11秒18で優勝。
このタイムは、病気になる前の自己ベストを上回る記録でした。
病気が発覚して1年余り、困難を乗り越え、新たな自分への自信をつかんだ石田選手。
初めての世界選手権に挑みます。
石田選手「病気をしたことによって、新しい世界が生まれるということを、1人でも多くの人に知ってもらうことが自分にもできることなんじゃないか。(世界選手権で)必ず4着以内に入って、来年の東京パラリンピックの出場を決めたい、という気持ちがすごく強い。全力で頑張っていきたい。」

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