激しい起伏や急カーブのあるコースで順位を競い、わずか40秒のレースで転倒や衝突が頻発する、『自転車の格闘技』と呼ばれるBMXレーシング。
来年の東京オリンピックでメダルが期待される日本代表の長迫吉拓選手。
日本選手権では、2011~2015年まで5連覇を達成、2017年も再び優勝。2018年アジア大会では日本人初の金メダルを獲得。
直近のワールドカップでは、日本人男子最高位の総合23位、注目の選手です。
長迫吉拓選手はどんなプロフィールや経歴をお持ちなのか、BMXレーシングについて、気になったので調べてみました。

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長迫吉拓選手のプロフィール

名前:長迫吉拓(ながさこ よしたく)
出身地:岡山県笠岡市
生年月日:1993年9月16日
年齢:26歳(執筆時)
身長:173cm
体重:72kg
競技:BMXレーシング
所属:MXインターナショナル
拠点:ワールドサイクリングセンター;W.C.C (スイス)【UCI(国際自転車競技連合)直轄のトレーニングセンター】
コーチ:リアム フィリップス

主な戦績:
2018年アジア大会優勝
2011-2015,2017全日本選手権 6度優勝
2016 リオ五輪BMX日本代表
2015 ヨーロッパ選手権 準優勝
2014 世界ランク17位
2014 ヨーロッパ選手権 表彰台4回
2014 ワールドカップ第3TT準優勝
2013 世界選手権 7位入賞

性格:「勝ちたがりの悔しがりやで、どちらかというと影で努力するタイプ」
好きな食べ物:寿司とメキシカン、ブリトーやタコスが好き

自転車競技を始めたきっかけ

長迫選手が4歳の頃、岡山の佐古で、父親が脱サラしてバラ園を始めます。
ちょうどその頃、自転車に補助輪無しで乗れるようになっていました。
バラ園から道を挟んだところにBMXのコースがあり、父親から、仕事が忙しいから「お前、あそこで遊んでこいよ」といわれ、それがきっかけで自転車競技を始めます。

本格的にBMXの競技を始めたのは、4歳~5歳の頃。
最初は表彰台に立てるか立てないかくらいの成績でしたが、ナショナルチームには17歳になったばかりの頃、ジュニアリトルではいります。

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ロンドンオリンピックでの挫折

長迫選手は、2012年、18歳で初めて、スイスへ行きます。
スイスのW.C.Cでロンドン2012オリンピックを目指してトレーニングをしていましたが、結局ロンドン大会には出られませんでした。その年の夏に帰国します。
その頃父親が遠征費をだしてくれていましたが、バラ園の経営状況もあり、これ以上は厳しいといわれます。
「一気にスパッと、やりたかったことができなくなった感じ」だったといいます。
今までより、バイト寄りの生活になって、競技になかなか集中できなくなってしまいます。
そして、帰国後、初めてスポンサー探しをします。
2012年終わり頃、地元岡山の企業が初めてスポンサーについてくれます。
親からの援助無しでも海外遠征に行けるようになり、W.C.Cを拠点にトレーニングをして、その年の世界選手権で一気に7位までいきました。

長迫選手「自分でスポンサーを探したり、色々行動すると、自分が本当にしたいことが見えてくる。周りの先輩にもスポンサー関係、基盤の作り方、ひととの出会い方、話し方、色々なことを教わった。」
「スポンサー探しは大変だった。当時は、朝7時くらいに起きて午前中に練習、昼ごはんを食べたら新しいスポンサー探しの電話。また午後に練習、17時~22時まではバイト、帰宅後昼に電話した会社へ企画書を送る。明日電話する相手の確認を夜中までやる、それを週6日やっていた。当時はそれが疲れるとは思わなかった。500社くらいは連絡した。」

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