「静寂の攻防戦」といわれるパラリンピック競技”ゴールボール”。
試合中の静寂からゴール直後の歓声、というコントラストが、不思議な感覚をもたらす競技です。
攻撃的プレーヤーとして活躍する、日本のエース選手である若杉遥選手、高校時代はほぼ毎日トレーニングをしていたというストイックさ、得点王になったこともあるということなど、気になる選手です。
どんなプロフィールや経歴をお持ちなのか、そしてゴールボールについて調べてみました。

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若杉遥選手のプロフィール

名前:若杉 遥(わかすぎ はるか)
出身地:福岡県生まれ 東京都青梅市出身
生年月日:1995年8月23日
出身校:立教大学 社会学部
年齢:24歳(執筆時)
身重:163cm
体重:60キロ
競技:ゴールボール
ポジション:主にレフト
所属:ALSOK(2018年4月入社)

主な成績:
2012年 ロンドンパラリンピック金メダル
2016年 リオデジャネイロパラリンピック5位
2016年 日本ゴールボール選手権大会準優勝
2017年8月 ジャパンパラ競技大会 優勝、得点王に輝く
2018年 アジアパラ競技大会 優勝
2018年 日本ゴールボール選手権大会 優勝
2019年9月 ゴールボール国際大会(千葉・幕張) 準優勝

家族:両親と弟
ニックネーム:遥、若さま
趣味:音楽鑑賞(西野カナ、いきものがかり)
好きな作家:森絵都、あさのあつこ
好きな教科:社会や歴史。(数学が苦手)

若杉選手は、2009年、13歳のとき、病気で視力をほぼ失い、八王子盲学校中等部に転校します。
15歳のときに、先生に誘われて初めてゴールボールと出会います。
それまで陸上の短距離や砲丸投げ、アイスホッケーに打ち込むなど、体を動かすことが好きだったこともあり、「目が見えなくてもスポーツは楽しい。」と、ゴールボールに熱中しました。

筑波大付視覚特別支援学校高等部に進学後、週一日の休みをとる以外、ゴールボールの練習や筋力トレーニングを欠かしませんでした。
2011年の夏に日本代表合宿に参加するようになってパラリンピックを目指すことになります。

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ゴールボールどんな競技?

ゴールボールは、目に傷害を負った軍人のリハビリテーションプログラムの一環としてはじまり、1946年にスポーツ競技として紹介されました。
1976年トロント・パラリンピック競技大会で正式競技となりました。

ゴールボールは、視覚障がい者を対象としたチームで争う球技です。
全盲の選手から弱視の選手まで出場できます。
公平に競技を行うため、全員アイマスクをつけます。
アイマスクのさらに下にアイパッチを貼り、視覚を完全に遮断して競技に臨みます。

バレーコート大(18m×9m)のコートを使い、1チーム3人の2チームで対戦。
コートのラインテープには、3mm以下の紐がはいっていて、選手はこの凹凸を触ったり踏んだりしながら、方向や位置を把握しています。

ボールを転がして、相手のゴールに入れて一定時間内に得点を競う競技です。
ボールには鈴が入っています。
守備側は3人で協力して全身でゴール(幅9m×高さ1.3m)を守ります。

攻撃側は、スピードボールやバウンドボールを用いて、ディフェンスしづらいコースを狙ったり、できるだけ音を消してボールの出どころがわからないように投げる、などの駆け引きもみどころです。

守備側は、ボールに入っている鈴の音や、相手選手の足音、ボールがバウンドした位置によって、ボールがくるコースを察知して、体を横たえ、全身を使ってゴールを守ります。

選手は音を頼りにプレイするので、観客は静かに見守ります。
試合会場では、「Quiet Please:静かにお願いします」とかかれたボードが掲げられます。
選手たちは音を頼りにプレイするため、会場には足音とボールの音だけが響きます。
緊張した空間が広がっています。

そして、ゴールした瞬間にあがる歓声が際立ち、静寂と歓声のコントラストが不思議な感覚を与えます。

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