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金澤翔子さんの母親・金澤泰子さん

金澤翔子さんの母親は、金澤泰子さんといいます。

金澤泰子さんは1943年千葉県生まれで、明治大学をご卒業なさっています。

実家は武士の血を引く千葉の旧家なのだそうです。父親は国鉄の職員で、休日に庭で弓を引くのを日課にしていたそうです。

母親は慶応大学の医学部出身で、家のことはすべてお手伝いさん任せで、子供に対しては放任主義だったのだとか。

雨の日に子どもがずぶ濡れで家に帰ってきても、目もくれずに本を読み続けているような人だったそうです。

金澤泰子さんは、大学時代には文化人の集うサロンに出入りするようになり、またフランス文学に憧れて、才能豊かな個性的な人たちと付き合いを謳歌する日々を過ごしていたといいます。

そして、後に自分でもサロンを開き、成功させるなど、順風満帆で怖いもの知らずの半生だったそうです。

金澤泰子さんは、そんな若き日のご自身を、文学にかぶれ、「知的でない者は美しくもない」というような考え方をする、いわば傲慢な若者だったと振り返っています。

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金澤泰子さんがダウン症の子どもを出産

ですから、ダウン症で知的障害のある子どもを持つことになると知った時は、ショックは一層大きかったようです。

親族たちにも申し訳ない気持ちでいっぱいだったそうで、毎日母娘2人で一緒に死ぬことばかり考えていたといいます。

大きな地震が起きた時に、どさくさに紛れて娘をベランダから落とそう、などと考えるほど、追い詰められていたそうです。

そんなある日、本当に大きな地震が起きます。しかし、その時に泰子さんが取った行動は、ベランダから落とすことではなく、とっさに金澤翔子さんを抱きかかえることでした。

それを機に、泰子さんは自分の本当の気持ちに気付き、金澤翔子さんと共に生きていくことを決意したのだといいます。

その後は、ダウン症に対する世間の無理解や、環境の未整備など、数々の困難に見舞われますが、理解ある周囲の力も借りながら、それらをすべて乗り越えて、金澤翔子さんを立派な書道家に育て上げました。

現在ではその経験を活かし、講演会やメディア出演、著書の出版などで、多くの同じ境遇の母親たちに勇気と希望をもたらす存在になっています。

金澤翔子さんの父親・金澤裕さんについては次のページで!