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長野智子さんの旦那、年収、子供

長野智子さんは1990年に伊藤浩明さんという、三菱商事に勤めるエリート商社マンと結婚なさっています。

長野智子さんは父親が商社マンだったこともあり、結婚するのは芸術家がいいと思っていたそうです。

しかし、伊藤浩明さんの、赴任先の海外から毎日国際電話をかけたり、誕生日に年齢と同じ数のバラの花束を贈るなどの猛アタックにより、結婚を決意したのだそうです。

伊藤浩明さんは、2015年に三菱商事のアルゼンチン支社である亜国三菱商事会社の社長に就任なさっています。

ちなみに、週刊新潮2007年9月13日号に、45歳当時の伊藤浩明さんの推定年収として「1500万円」という数字が挙げられていたようです。

それから10年経ち、伊藤浩明さんは亜国三菱商事会社の社長という要職に就かれていますので、現在の年収はそれよりも遥かに高いものと推測されます。

なお、お二人の間にお子さんはいらっしゃらないようです。

理由は不明ですが、お互いそれぞれの分野の第一線で活躍しており、超多忙であること、また長野智子さんは時間が不規則、伊藤浩明さんは海外転勤が多いという状況から、現実的に難しかったのでしょうかね。

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長野智子さんの曽祖父

長野智子さんの家系がスゴいと評判です。

先祖に上野国箕輪城主の戦国武将・長野業正がいるのだそうです。

長野業正は、あの武田信玄からも「長野業正がいる限り、上野を攻め取ることはできない」と言われるほどの名将として知られていたようです。

また、その長野業正の子孫で長野智子さんの曽祖父である長野桂次郎も、歴史上の人物として知られています。

長野桂次郎は、日米修好通商条約の批准書交換の派遣船・ポーハタン号で渡米し、その性格や容姿が好まれて、現地で「トミー」と呼ばれてアイドル扱いされ、「トミーポルカ」という舞踏曲まで作られるほどだったのだそうです。

ちなみにこの時、勝海舟や福沢諭吉、ジョン万次郎らが乗り組んだ咸臨丸が、このポーハタン号に護衛として随行していました。

長野桂次郎は、帰国後は米国公使館通訳として採用され、以後岩倉使節団に参加したり、ハワイ移民監督官、大阪控訴院通訳官などとして活躍しました。

歴史の教科書に出てくるような名前がたくさん出てきて、圧倒されますよね。長野智子さんの曽祖父は、そんな激動の時代を生きた歴史上の人物だったのですね。

以上、長野智子さんについてでした。最後までお読み頂きありがとうございました。