1962年から63年にかけて全国を震撼させた西口彰事件が爆報!THEフライデーに取り上げられます。

その事件を解決に導いた当時小学5年生の古川るり子さんはどのようにしてその手柄を立てたのか?またその後の古川るり子さんは?

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西口彰事件における古川るり子さんの手柄

1963年10月から1964年1月にかけて西口彰が事件を起こしていた当時、古川るり子さんは熊本県の玉名市に住んでいました。

父親は古川泰龍(ふるかわたいりゅう)さんといい、玉名市にある真言宗・立願寺の住職をなさっており、死刑囚の冤罪撤回運動に尽力したことでも知られています。

1964年1月2日のこと、弁護士を名乗る男が古川泰龍さんのもとを訪れ、その運動に協力することを申し出るということがありました。

その弁護士を名乗る男こそ、西口彰だったのです。

古川泰龍さんもその妻も、最初そのことには気付きませんでした。

しかし、当時小学5年生だった次女の古川るり子さんだけは、その「弁護士を名乗る男」が指名手配中の西口彰のポスターによく似ていることに気付いたのです。

古川るり子さんは、父親にそのことを告げますが、父親は「客人に失礼だ」と信じようとしませんでした。

しかし、母親はるり子さんの言うことを信じ、男の顔のあざなどから、男が西口彰であることを確信。

そして、西口彰を家に泊め、彼が寝ているすきに警察に連絡します。翌朝、西口彰はついに逮捕されることとなりました。

この大手柄により古川るり子さんは、「全国の警察官12万人も幼い一人の少女の目に及ばなかった」と大絶賛され、一躍時の人となりました。

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古川るり子さんのその後、現在

古川るり子さんのその後や現在については、多くの人に関心が持たれているようです。

事件発生当時の1963年1月に小学校5年生だったことから、現在は65歳くらいだと考えられます。

お孫さんなどがいらっしゃっても不思議ではありませんが、残念ながら結婚や子供、家族などの詳細についての情報は出回っていないようです。

同姓同名の古川るり子さんという方が、熊本県の有明町にある保育所の所長をなさっており、園児たちにパン焼き体験をしてもらう活動などを実施した、という記事がありました。

しかし、西口彰事件の古川るり子さんご本人であるかどうかは分かりませんでした。同じ熊本なので可能性はありますが、それ以上のことは分かりませんでした。

爆報!THEフライデーでは、古川るり子さんのその後や現在についても触れられるかもしれませんので、放映を待ちたいところですね。

以上、古川るり子さんについてでした。最後までお読み頂きありがとうございました。

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