ボクシングのカシアス内藤さんが爆報!THEフライデーに登場。

沢木耕太郎さんの一瞬の夏、アリスのチャンピオンのモデルとして知られ、ボクシングジムやがんのことが話題です。

そのカシアス内藤さんの息子や娘など子供、妻、身長などwikiプロフィールを調べてみました。

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カシアス内藤さんのプロフィール

名前:カシアス内藤(かしあす・ないとう)
本名:内藤純一(ないとう・じゅんいち)
出身地:兵庫県神戸市
誕生日:1949年5月10日
年齢:67歳(執筆時)

カシアス内藤さんは、1949年、神戸で黒人の米兵と日本人女性との間に生まれます。父親は朝鮮戦争で1951年に戦死します。

神奈川県の武相高校でボクシングに入部し、インターハイに出場、ミドル級のチャンピオンになります。

プロデビュー後は、エディ・タウンゼントの指導のもと、戦績を伸ばし、1970年に日本ミドル級チャンピオン、1971年東洋ミドル級チャンピオンとなります。

しかし、その後の戦績は振るわず、1974年に一旦表舞台から姿を消します。

そして、1978年に復帰し、当初は連勝しますが、その後は振るわず、翌1979年に引退します。

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カシアス内藤さんのがん

カシアス内藤さんは、引退後の2004年に喉頭がんが発覚、余命3ヶ月と伝えられます。

そして、生きているうちにボクシングジムを開設したいという夢を持ち、ノンフィクション作家の沢木耕太郎さんらの協力を得ながら、2005年、ついに横浜市中区に「E&Jカシアス・ボクシングジム」を開設します。

カシアス内藤さんは、喉頭がんを告げられた時、手術を拒否したのだそうです。

もし手術をすれば、声が出せなくなり、ボクシングを教えることができなくなることを恐れたからだそうです。

そのため、つらい放射線治療に耐え、体力維持のために痛みをこらえながら間食を続けるなど、壮絶な闘病生活を続けることになりました。

そのかいあって腫瘍は縮小し、余命3ヶ月と言われて13年経った2017年現在も、生きてボクシングの指導を続けています。

カシアス内藤さんはこのことについて、「ボクシングの夢という気持ちが、がんの進行を止めている」と自己分析していますが、きっと本当にそのとおりなのでしょうね。

余命3ヶ月から13年も生きながらえるなんて奇跡的ですが、頂点を極めた人間の常人離れした精神力と生命力があってこそなのでしょうね。

カシアス内藤さんの息子、娘、妻など家族、身長については次のページで!