アルツハイマー型若年性認知症の当事者・藤田和子さんが認知症に対する誤解や偏見に立ち向かう姿が描かれたNHKドラマ「母、立ち上がる」が放映されます。

藤田和子さんについて、ブログや2017年現在のことなどが関心を持たれているようです。

その藤田和子さんの現在、旦那や娘など家族、経歴などwikiプロフィールについて調べてみました。

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藤田和子さんのプロフィール

名前:藤田和子(ふじた・かずこ)
出身地:鳥取県鳥取市
誕生日:1961年
年齢:55歳(執筆時)

藤田和子さんは1961年鳥取県鳥取市出身。

看護学校を卒業後、看護師として市内の総合病院に9年間勤務しますが、認知症を患った義母を介護するために退職し、以後9年間介護を続けます。

義母が亡くなった後は、パートタイムの看護師として近所の個人病院で働き始め、PTA役員や家事をこなす多忙な日々を過ごします。

そして8年経った2007年の春、そんな藤田和子さんに異変が起きます。

気付いたのは、冷蔵庫のゼリーを食べようとしたときです。

あるはずのゼリーがそこになく、娘に問いただすと、娘に「何言ってるの」と訝しげな顔をされてしまいます。

そして、よくよく思い返すと、確かに朝、自分でゼリーを食べた記憶が蘇ってきました。

他にも友達との約束を忘れたり、同じ話を繰り返したりなど、自分の行動に違和感を感じた藤田和子さんは、病院で診察を受け、若年性アルツハイマー病の疑いがあると診断されます。

当初は薬を飲まずに過ごすことにしたようですが、日常生活は混乱の連続だったそうです。

また、ミスの許されない医療現場で看護師として仕事を続けるのは難しいと判断し、2008年には辞表を提出します。

その後、現在の主治医にかかり、改めて検査を受け、正式に若年性アルツハイマー病の診断を下され、薬の処方が始まりました。

藤田和子さんは、現在も薬と家族の助けを借り、認知症の症状と闘いながら、家族のために料理や家事をこなす日々を送っています。

また、社会の認知症に対する理解を深めてもらい、認知症に対する偏見や差別をなくしていくために、2010年には鳥取市で「若年性認知症問題にとりくむ会・クローバー」を立ち上げます。

藤田和子さんが認知症と知って距離を置く人も出てきましたが、活動に賛同したり協力したりする人も次第に増えていきます。

現在では講演、シンポジウム、「認知症当事者研究」勉強会、「日本認知症ワーキンググループ」など、その活動は鳥取から全国へと広がっています。

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藤田和子さんの夫、娘

藤田和子さんにはサラリーマンの夫と、3人の娘さんがいらっしゃいます。

若年性アルツハイマー病の診断が下された2008年時点で、長女は看護専門学校の学生、次女は社会人、三女は中学生だったそうです。

現在は長女も次女も結婚し、お孫さんもいらっしゃるのだそうです。

夫も3人の娘さんたちも、藤田和子さんが病気の発覚後、不安やストレスに苦しんでいたところを慰めたり、同じ話を繰り返したりしても指摘したり責めたりせずに受け入れたり、藤田和子さんが料理だけに集中できるように家事をサポートしたりなど、非常に協力的に優しく寄り添ってくれているのだそうです。

おかげで藤田和子さんは、自分が家族に支えられているという安心感だけでなく、認知症になっても自分が家族を支えることができるのだと思えているのだそうです。

こういう話を聞くと、認知症という病気は、周囲の理解というものが非常に重要であることが分かりますよね。

ですので、藤田和子さんがなさっているような活動は、これからますますその価値が認識され、広まっていくのだろうと思います。

以上、藤田和子さんについてでした。最後までお読み頂きありがとうございました。