カキ養殖の畠山重篤(はたけやましげあつ)さんがNHKプロフェッショナル仕事の流儀に登場。

東日本大震災の津波で壊滅的な打撃を受けた宮城・気仙沼の父として知られる畠山重篤さんは、植林活動や、森は海の恋人などで知られ、鉄は魔法使い、ルイヴィトンや講演会のことも話題です。

その畠山重篤さんについて、wikiプロフィールとともにご紹介したいと思います。

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畠山重篤さんのプロフィール

名前:畠山重篤(はたけやま・しげあつ)
出身地:中国・上海(宮城県唐桑町育ち)
生年月日:1943年10月7日

畠山重篤さんは、1943年中国・上海生まれ。

終戦後、父の実家のある宮城県唐桑町へ移住し、宮城県立気仙沼水産高等学校を卒業します。

卒業後は、父親のもとで牡蠣やホタテの養殖に従事します。豊かな海のためには、川の上流にある森林の役割が重要であることに気付き、気仙沼に注ぐ大川の水源である室根山への植樹活動を続けます。

以後も、本業の牡蠣の養殖のかたわら、エッセイストとして、京都大学の社会連携教授として、またNPO法人・森は海の恋人の代表としてなど、幅広く活動しています。

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畠山重篤さんの安否

畠山重篤さんについて、東日本大震災の際に「安否」が気遣われました。

さすが畠山重篤さんは、海の男だけあって、津波の恐ろしさを熟知していました。地震が起き、大津波警報が発令されると即座に行動し、3台のトラックを高いところに移動させた後、海抜25メートルのところにある自宅へと駆け上がります。

しかし、それでもとどまるところを知らない津波の勢いを見た畠山重篤さんは、当時3歳の孫を抱きかかえて、裏山を少しでも高いところへと駆け上って避難しました。

津波の後は、難を逃れた自宅を開放して、30人ほどの避難者とともに共同生活を始めることになりました。

三男が地震発生時に船で沖に出ており、安否不明だったのですが、船から飛び込んで泳いで陸にたどり着き、一命をとりとめました。

ただ、残念なことに、畠山重篤さんの母親の小雪さんは、当時特別養護老人ホームにいて、津波に巻き込まれてしまったのだそうです。

その小雪さんは、畠山重篤さんが山や森を護る活動を行うためのお金が確保できずに困っていたときに、船を買うためにコツコツと蓄え続けていたお金を渡し、「自分のやり方を貫きなさい」と言葉をかけてくれた、畠山重篤さんの一番の理解者でした。

畠山重篤さんの息子

上にも述べたように、畠山重篤さんには三男がいらっしゃるということで、少なくとも3人の息子さんがいるということになります。

そのうちの1人である畠山哲さんは、現在父親である畠山重篤さんの後を継いで、カキの養殖に携わっています。

畠山重篤さんも、父親の跡を継いだので、畠山哲さんで三代目になりますね。

畠山重篤さんの植林活動、ルイ・ヴィトンとの関係、講演については次のページで!