イタリアンの巨匠・片岡護(かたおかまもる)さんがごはんジャパンに出演。

片岡護さんと言えば、リストランテ・アルポルトのオーナーシェフとして有名ですが、自宅でも手軽に作れるカルボナーラやトマトソースなどレシピや本などが好評です。

その片岡護さんの自宅や息子や妻のことなどwikiプロフィールについて調べてみました。

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片岡護さんのプロフィール

名前:片岡護(かたおか・まもる)
出身地:東京都
生年月日:1948年9月15日
身長:170センチ
血液型:B型
学歴:東京都立田園調布高等学校卒業

片岡護さんは4人きょうだいの末っ子として、1948年東京都目黒区に生まれます。

生後間もなく父親が亡くなり、自宅を下宿屋として母親の女手ひとつで育て上げられます。自宅が下宿屋のため、多くの同居人がいて、にぎやかな家庭だったそうです。

中学生の時に、母親が家政婦をしていた外交官・金倉英一氏の夫人の振る舞ったカルボナーラをごちそうになったのが、イタリア料理との「馴れ初め」だったそうです。

しかし、すぐにイタリアンシェフを目指すことはありませんでした。最初は工業デザイナーになりたいと思っていた片岡護さんは、芸大を目指しますが、二浪の後断念。

失意にある片岡護さんに、金倉英一氏が、ミラノに総領事とし赴任する際に、総領事付きのコックとなることを薦めます。

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片岡護さん、イタリアへ

抜群の行動力を持つ片岡護さんは、すぐに日本料理の「つきぢ田村」で3ヶ月修行し、1968年にミラノへ料理人として渡航。

そして、イタリアで片岡護さんの料理の原点となるレストラン「ダリーノ」と「アルポルト」に巡り会い、足繁く通うようになります。

25歳で帰国する際、アルポルトの店主ドメニコ氏に、日本でオープンする店にアルポルトの名前を使わせてほしいと頼み、快諾を得ます。

帰国後は、金倉英一氏から、さらに一番厳しい環境で修行を積むようにアドバイスされ、代官山の小川軒で2年、再びイタリアで1年の修行を積みます。

そのイタリアで知り合ったテノール歌手の五十嵐喜芳さんと、帰国後に南麻布のリストランテ・マリーエを開業し、料理長になります。

その後、五十嵐喜芳さんと袂を分かち、1983年、港区西麻布にリストランテ・アルポルトをオープン。

五十嵐喜芳さんに義理立てして、マリーエの元シェフという経歴を隠してのオープンだったため、当初は客の入りも今ひとつでしたが、女優・有馬稲子さんのコラムで紹介されるなどのきっかけもあり、現在では大人気店となっています。

片岡護さんの息子さん、妻、自宅については次のページで!