カンブリア宮殿に新潟のファミレス・三宝の金子博信(かねこひろのぶ)社長登場。

金子博信さんは三宝の二代目として、職場環境の改善や新メニューの考案など数々の改革を行い、父親の創業した地方の中華料理店を、海外含め49店舗を展開する年商40億円企業にまで育て上げた辣腕社長です。

その金子博信さんの経歴、年収、父親などwikiプロフィールについてです。

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金子博信さんのプロフィール

名前:金子博信(かねこ・ひろのぶ)
出身地:新潟県新潟市
生年月日:1968年2月14日
血液型:A型
学歴:新潟市立高志高等学校卒業、東京レストラン経営専門学院
職業:三宝グループ・代表取締役社長

金子博信さんの家族

金子博信さんのご家族についてですが、フェイスブックのアカウントをお持ちで、ステータス:既婚となっていたので、結婚はなさっているようですが、それ以外のことはよく分かりませんでした。

親子二代でここまで大きく育て上げた会社ですから、この勢いで三代目、四代目と続いてほしいですよね。

もしかしたら息子さんがいて、すでに責任ある立場を任されていたりするかもしれませんが、そこまでは分かりませんでした。

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金子博信さんの経歴、父親について

金子博信さんの父親は三宝の創業者である会長・金子行宏さんです。

金子行宏さんは1938年に栃木県で生まれ、高校卒業後上京し、日比谷の日活国際ホテルに就職し、フランス料理人として修行を積みます。

1961年に新潟東映ホテルに転職し、そこで知り合った会社の女性と結婚し、1967年に新潟市に中華料理店「三宝飯店」を開店します。

そして、翌68年に金子博信さんが誕生します。

金子博信さんは地元新潟市の高校を卒業後すぐに上京し、東京レストラン経営専門学院に進学します。

しかし、19歳のときにすぐに父である金子行宏さんに呼び戻され、当時の吉田町にオープンした「レストラン三宝・吉田店」の店長を任されます。

開店当初から来客がたくさんあったのですが、そのおかげで多忙で、毎朝8時から出社し、帰宅が深夜の2時3時になる日が続きました。

ただ、その忙しさの中で改善点が浮き彫りになり、野菜の仕込みなどの合理化に着手。

仕入先を一店に集中させ、野菜カットなどの仕込みを一箇所にまとめ、トラックで各店に配送するという、いわゆるセントラルキッチン方式を確立します。これが現在のSPフーズという食品加工専門のグループ企業の原型となりました。

このようにして食材の鮮度や作業効率を大幅に改善することに成功した金子さん父子は、さらに経営規模の拡大、社員の福利厚生も充実させ、現在では三宝を直営37店舗、全体で49店舗もの店舗数を抱えるほどに成長させることに成功しました。

2002年に、金子博信さんは34歳の若さで父・金子行宏さんの跡を継いで三宝グループの代表取締役社長に就任し、金子行宏さんは会長に退きます。

以後も着実に顧客の信頼を得て、現在では地元で圧倒的な指示を誇り、多くのリピーターを擁する大繁盛店となっています。

シンガポールやカナダなど海外にも現在6店舗を展開中で、今後もますます規模が拡大していくものと思われます。

日本国内では、まだ東北を中心とする東日本限定ですが、やがては関西、西日本へと全国展開していくのでしょうね。まだ近くに店舗がない人も、遠くない将来に朗報が聞かれるかもしれませんね。

以上、金子博信さんについてでした。最後までお読み頂きありがとうございました。

父親の三宝創業者・金子行宏さんについてはこちら