片岡鶴太郎さんの美術館や絵の値段や評価、激やせがガンや薬や宗教の噂、ヨガや食事内容、還暦紅展などに関心が持たれているようです。

その片岡鶴太郎さんについて、3人の息子や嫁の出身地、馴れ初め、松山道後温泉との関係などとともに調べてみました。

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片岡鶴太郎さんのプロフィール

名前:片岡鶴太郎(かたおか・つるたろう)
本名:荻野繁雄(おぎの・しげお)
出身地:東京都荒川区西日暮里
生年月日:1954年12月21日
年齢:62歳(執筆時)
身長:161センチ
体重:51キロ
血液型:O型
学歴:東京都立竹台高等学校卒業
所属:太田プロダクション

片岡鶴太郎さんは1954年東京都生まれ。

幼少の頃より、父親に連れられて寄席や演芸場へ通っていたという片岡鶴太郎さんは、物心付いたときから芸人志望だったそうです。

高校卒業後は、土木作業員などの仕事を経て、1973年に声帯模写の片岡鶴八さんに弟子入りし、声帯模写で演芸場などの舞台に出演するようになります。

その後も下積み時代が続き、24歳でフジテレビ「お笑い大集合」に出演し、テレビデビュー。

さらに、オレたちひょうきん族で披露したものまねが受けて、全国的な人気を博すようになります。

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片岡鶴太郎さんの転機

しかし、1988年が片岡鶴太郎さんにとって転機の年となりました。

それまで、ものまね芸人として、時折少々下品なネタを披露しながら、活躍してきた片岡鶴太郎さんでしたが、1988年に「今までの自分が嫌になり、それを否定したかった」としてプロボクサーテストを受験。

当時33歳と、年齢制限の29歳を超えていましたが、「試合に出ない」という条件つきの特例でテスト受験が許可され、合格。以後、鬼塚勝也さんや畑山隆則さんのマネージャーを務めるなど、プロボクシングの世界に貢献します。

また、同年の大林宣彦監督作品の映画「異人たちとの夏」に出演し、多くの映画賞を受賞して以後は、お笑い芸人から俳優へと移行していきます。

さらに、1989年のドラマ「志功の青春期 おらあゴッホだ」で棟方志功を演じたことがきっかけで、美術にも目覚め、以後各地に美術館、工芸館を設立、また大学で芸術論の講義も担当します。

また書道にも手を染め、2015年には書道の芥川賞とも言われる「手島右卿賞」を受賞するなど、かつてのものまね芸人時代とは打って変わって、シリアスな俳優や芸術方面で多彩な才能を発揮しています。

片岡鶴太郎さんの嫁、3人の息子については次のページで!