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杉本昌隆さんと藤井聡太さん

藤井聡太さんは2002年7月19日生まれ。5歳の時に祖母のすすめで将棋を始めます。

小学1年生の3月に東海研修会に入会し、そこで杉本昌隆さんと知り合います。

研修会というのは、日本将棋連盟が設置した少年少女のための将棋の教育機関で、関東、関西、東海にあります。

杉本昌隆さんは地元ということもあり、東海研修会の幹事をなさっています。

将来プロを目指す子が多いですが、そうでない子も受け入れています。

ただし、藤井聡太さんは幼稚園の時点で誕生日カードに「名人になりたい」と書いていたそうで、早くからプロを目指していたことが分かります。

その後、小学4年生の9月のときに杉本昌隆さんに師匠になってもらい、プロ棋士の養成機関である関西奨励会に入会しました。

奨励会というのは、プロ棋士への登竜門で、6級~三段まであり、成績に応じて昇級、昇段していきます。

そして、最上位の三段リーグで成績上位者(上位2名)となれば、四段に昇段し、プロとしてデビューします。

なお、小学生の頃から藤井聡太さんの才能は抜きん出ていたようで、杉本昌隆さんは初めての対局で負かされてしまったのだそうです。

もちろんそのときは手加減したのでしょうが、杉本昌隆さんはかなり驚いたみたいですね。

奨励会入会後も藤井聡太さんの上達の速さは凄まじかったようで、わずか4年後に史上最年少の14歳2ヶ月でプロデビューを果たします。

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藤井聡太さんは詰将棋の問題を創作するのが好きで、通常の将棋の勉強のかたわら、創作活動も行っていたそうです。

ただ、詰将棋の創作は独特の世界で、普通の将棋とは感覚がかなり異なるため、やりすぎるとむしろ足を引っ張る恐れがあると言われています。

そのため、杉本昌隆さんは谷川浩司さんから「詰将棋は創作よりも解く方をやらせた方がいい」とアドバイスを受け、それを藤井聡太さんに伝えたということがあったようです。

谷川浩司さんは、当時日本将棋連盟会長で、自身も中学生で棋士になり、数多くのタイトルを獲得した超一流棋士の一人です。

その谷川浩司さんが、一介の奨励会員にすぎない少年に対してわざわざこういうアドバイスをしたということからも、いかに藤井聡太さんが早くに注目されていたかがうかがえます。

なお、将棋界では、師匠と言っても、本当に将棋そのものを教えるとは限らないようです。

入門時に一回だけ対局して終わり、ということもあるようです。師匠というのは、将棋界における身元保証人のような意味合いが大きいのだそうです。

しかし、杉本昌隆さんに関しては、藤井聡太さんの奨励会時代には数多く指導対局をしたみたいですね。

最初は勝ったり負けたりだったそうですが、そのうちいつの間にか全然勝てなくなってしまったのだそうです。

師匠としては弟子の成長は嬉しい限りでしょうが、一人の勝負師としては複雑な思いでしょうね。

藤井聡太さんの年代では、本当に数週間、数ヶ月単位でどんどん上達していくといいます。

羽生善治さんも言っていたことですが、今でも十分強いが、将来どれだけ強くなるのか、本当にスゴい人が現れたものですよね。

杉本昌隆さんの他の弟子、カツラについては次のページで!